ワイン インポーター カーヴかない屋社長 金井 麻紀子 さん
フランス滞在十数年、日本人初のディプロム(ワインの醸造責任者)の資格を持つ金井麻紀子さんは、約300ものワイン生産者の中から厳選して、自分が一生飲み続けたいと思える優良ワインを日本に紹介しつづけてきた。そのワインは「マキ・コレ・ワイン」として親しまれ、国内の数多くの酒屋やフレンチレストランなどから信頼を寄せられている。
昨年、父親の強さんが亡くなり、現在はカーヴかない屋(桐生市)の五代目の店主としての顔も持っている麻紀子さんだが、10代の頃は全く違う未来を思い描いていた。
絵描きに憧れた青春時代
「もともとは絵描きを目指していたんです。酒屋を継ぐ気なんて全くなくて」。幼少の頃から絵画教室に通い、将来は美術系の仕事に憧れを抱いていた。高校時代も地元桐生の画家・松崎寛のアトリエでデッサンを習うなど、絵にどっぷり浸る日常だった。「(私が中学生だった80年代は)糸井重里を筆頭に宣伝広告などの商業デザインが脚光をあびていて、絵描きでなければ、そういう仕事もいいなと思っていました。家業には全く興味はなかったですね」。
一流のワインの知識が飛び交う家庭環境
織物の全盛期の桐生は市内に100件以上ある酒屋がみんな暮らしていけるほど景気が良かった。そんな中でもかない屋は明治時代に創業した歴史のある酒屋だった。「私が小さい頃は、父とおじが、兄弟で経営していて、三代目のおじが地酒を担当し、四代目になる父がワインをやっていました」。父の強さんは赤玉ポートワインが主流の時代に、ドイツやフランスの本格ワインに目をつけた。横浜や東京とのつながりが深かった桐生にはフレンチをはじめとする洋食店が賑わっていた。そういう背景もあり本格的なフランスのワインには需要があった。中学生の頃、家にいても店にいても、毎日ワインの名前が飛び交うような環境だった。「夜、お客さんが家に来てワイン会をやったりするわけですよ。自分が夕飯で下の階に降りてくるとみんながビンテージを比べて真剣に飲んでるんです。そういう環境だったから門前の小僧じゃないけど、基礎的なワインの知識が自然と身についちゃったんですね」。
勉強熱心な強さんは日本のワイン研究の第一人者・岩野貞雄氏に師事。父親が娘に語るワインの話は当時の最先端の知識だった。「ワインはブドウから造られるお酒だから、果実味がなければワインじゃない」。門前の小僧で聞きかじったワインの話はその後の麻紀子さんの人生を大きく動かしていく。
本格的な美術を学ぶため渡仏を決意
高校3年生時、受験した美大に全滅した麻紀子さんは浪人して再度美大を志す。ところが、浪人中、ふと小学校の卒業文集に書いた言葉がよみがえった。現実逃避だったのかもしれない。でも、文集に記した将来の夢「行きたい国 フランス、なりたい職業 芸術家」という言葉はどんどん心の中に広がっていった。留学してフランスで美術を学びたいという思いを強くしていく。ある日、そのことを父親に相談したら、二つ返事で「いいよ」となり、トントン拍子でフランス行きが決まった。こうして1993年フランスのボーザール(国立美術大学)を目指すために、ブルゴーニュ大学付属語学学校に入学した。
金井家で蒔かれたワインの「種」はフランスで芽吹く
ブルゴーニュはボルドーと並んでワインの有名な産地だった。入学した語学学校には東京からワインを学ぶため有名なソムリエなどがたくさん集まっていた。日々交わされるワイン談義に20歳そこそこの麻紀子さんが臆することなくプロ並みの知識を披露できたのは、ワインに囲まれた環境があったからこそだ。門前の小僧はワインの本場で一目置かれる存在になる。当時はフランスでもアメリカナイズされたタンニンがしっかりして樽のお化粧がしてあるようなワインが持てはやされていた。「ワインはブドウから造られるお酒だから、果実味がなければワインじゃない」。アメリカナイズされた流行のワインにも堂々と意見した。ちょうどフランスでもアメリカナイズされたワインは本物ではないという流れが生まれつつあった時期。現地で「日本の女の子がすごいこと言ってる」と評判になった。
本当に美味しいワインを求めて
フランスのワインの評価本で評価されている生産者のワインも口にしてみると劣悪なものも含まれていた。本当に美味しいワインを探そうと休日はしらみつぶしにワイナリー巡りを始めた。そして、いつしか、その土地の特徴がワインの味わいに表現されているようなピュアなワインを造っている、まだ発掘されてない蔵元を探したいという思いに変わっていった。麻紀子さんが探し当てた珠玉のワインを日本に送ると、父親も全く同じ感覚で評価した。こういうやり取りを重ねながら、取引する生産者は徐々に増えていった。まさに父と娘の二人三脚だった。一方で、生産者とより深い付き合いをするために、もっとワインの専門知識が必要だと思うようになった。美術の夢はいつしかワイン研究家への道と変わった。1996年ボーヌの国立農業専門学校でワイン醸造から販売まで学び、ディプロムを取得した。「(絵よりも)ワインの方が自分の持っているものを100%表現できて、しかもそれが評価されて、もう面白くてしょうがなくなっちゃったんです。醸造を勉強してるうちに、どんどんのめり込んで来ちゃって」。家業の酒屋を継ぐ気などなかったが、気付いてみたらワイン一色に染まり、醸造とインポーターが仕事になっていった。
「マキ・コレ・ワイン」の誕生
「マキ・コレ・ワイン」(”マキ”・”コレ”クション・ワイン)の始まりにはっきりした線引きはない。ただ、麻紀子さんによれば、2002年に上梓した「すばらしきヴィニュロンたち」(モデラート/現在絶版)で厳選27蔵を紹介して以降「マキ・コレ」という名前が付けられたようだ。「瓶の外側見ただけではフランス語のラベルで生産者の名前があるだけ。ワインの名前を勉強しても、生産者によって全く味が違うから、どういうワインかよく分からない。だから『マキ・コレ』を手に取ってもらえば、ワインの美味しさにたどり着けるっていう、そういう思いで選んでいます」。
そんな麻紀子さんがminimu読者にレコメンドしたいのが「マキ・コレ」のナチュールワインだ。ナチュールとは醸造中に酸化防止剤を一切使わないことが条件で生産されるワインのカテゴリーの一つだ。生産者がかわいいラベルを貼って出荷したワインを若者たちが“ジャケ買い”するという文化がはやっている。「これから足利や桐生でもブームが来ると思います」と麻紀子さん。でも、ナチュールワインの多くがワインになりきっていなかったり、濁っていたり、雑味があったり、レベルの低いものが横行しているので、美味しくないという人もいるそうだ。「本物のナチュールワインはこんなにおいしいんだという『ナチュール観』を変える一本を『マキ・コレ』では用意しているので、ぜひ賞味してほしい」
Profile
かない まきこ/
1973年群馬県桐生市生まれ。足利学園高校(現・白鷗大学足利高校)卒業後、渡仏。ボーヌの国立農業専門学校でワイン造りから販売まで学び、ディプロム(醸造責任者の資格)取得。現在、ワインインポーターとして日本に優良なワインを紹介している。
取材・文/峯岸武司 写真/浦島大介
協力/カーヴかない屋
カーヴかない屋
〒376-0042 群馬県桐生市堤町3丁目9−10
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