足利市の東武鉄道福居駅近くにあって車窓からも見える「トチセン煉瓦(レンガ)工場群」。100年以上前に建てられた足利市内に残る貴重な歴史・文化遺産でこのほど、産業遺産学会から「推薦産業遺産」として認定されました。専門家の協力を得ながら取り組んできた調査、研究が実を結んだものです。同遺産認定の証しであるプレートを手にした同社の秋草俊二社長は「工場群を次の世代につなげていくため。推薦産業遺産に認定されたことは非常に価値のあることと思っています」と話していました。
同社は1913年に足利織物として創業し、現在は化成品フィルムの染色や特殊表面処理加工を手掛けるメーカーで、医療用フェイスシールドや車載用カーナビゲーションなど電子関連部品を生産と販売を行っているとのことです。推薦産業遺産に認定された工場群は赤煉瓦造りで22年に竣工した旧捺染(なっせん)工場、旧サラン工場、旧汽罐(きかん)室で構成されていていずれも完成から100年を超える建造物です。現在も現役で稼働しています。
これまでに文化庁の登録有形文化財、経済産業省の近代化遺産に認定されていますが、取り巻く環境の変化があっても同工場群を未来に残していくために新たな価値を付加したい、そのためには自分たちが工場群の歴史などをより理解する必要があると2020年に調査研究を開始しました。元足利大学附属高校校長で栃木県建築士会足利支部長も務めた北村隆さんを特任研究員として招いて研究室を開き、さらに元足利大学准教授の福島二朗さんにも協力を依頼し、推薦産業遺産推挙に向け、より詳細な調査研究を進めてきました。
その過程で、不明だった工場群の建造年や同社の歴史も明らかになり、秋草社長、北村さん、福島さんがまとめた「近代に建造された現役稼働の煉瓦造工場群の今日的意義―株式会社トチセンを事例とした史的分析および考察―」が昨年3月下旬に発行された学会誌に掲載されました。続けて今年3月には福島さんが「織物業で時代を画した近代足利の歴史文化を物語る煉瓦造工場群で技術の発展継承により未来を照らす産業遺産」という推薦理由を付け、申請。同6月に認定となりました。秋草社長は「地域のみなさんをはじめ多くの人にこの建物の価値を知っていただき、守っていければありがたいと思っています」と話しています。
推薦産業遺産の認定はその存在を広め保存と活用に寄与することなどを目的としています。その対象は産業の形成と発展に重要な役割を果たしてきた道具、機械、装置、建造物、土木構造物などで国や自治体の文化財指定を受けていない価値のある産業遺産です。この制度は1985年に始まり、現在までに全国で132件、栃木県で5件(トチセン含む)、足利市内では足利模範撚糸合資会社建物(アンタレススポーツクラブ)があります。
同社の工場群をロケ地としたドラマや映画が数多くあります。この遺産を多くの人に知ってもらおうという目的があり、ロケ受け入れの専門部署も作りました。また、工場見学ガイドの冊子も作製するなど公開にも積極的です。秋草社長は「全社員が同じ説明で案内できます」と話してくれました。こうした社風が貴重な遺産を現在までつなぎ、推薦産業遺産に認定された〝源〟なのかなと感じています。
(取材・文・写真/原嶋浩)