〜 色々な『揺れ。』〜
「あ、地震かもしれない。」
自宅などの屋内にいると、地震で揺れ始める最初の瞬間に、遠くから迫る何かを感知する、普段は眠っている体内の特別なセンサーがゾゾゾゾっと小刻みに反応する感覚がありますよね(僕だけでしょうか)。
2024年4月3日台湾台北の朝、僕は地震の揺れで目が覚め、まだ夢見心地の中枕から頭をあげた時には既にかなり大きく揺れている事に気づきました。これまで台湾でも地震は経験していましたが、これまでで一番大きな揺れでした。
やがて揺れは収まると、その日はインタビューの仕事が2件入っていたので、地震の影響や状況をみながら台北市内のエージェントのオフィスまで行きました。
お昼にかけてのトータルで2時間半くらいのインタビューでしたが、その間中、8階にある会場はずっと余震で揺れを感じていました。
しかしながら、人間の「慣れ」と言うものはこうもあからさまに変わるものなのかと内心驚きました。
本来、僕の経験上台湾では少しの揺れでもあると「あ、地震だ!」とみんなが手を止め、揺れに注意を払うというのが僕が見てきた通常の光景です。普段の日常時であれば、揺れをこうも“頻繁に” “何度も”感じるのはちょっとした「異常事態」である為、きっと誰もが「大丈夫かな。」と少し不安な空気に包まれる事と思います。
しかしながら、その日は違いました、
朝の大きな地震があった事で、その揺れを既に体験した後の自分達は「また、揺れてるな」程度の感覚しか無く、心の不安メーターなるものの針も(そんな物があるかわかりませんが)そこまで振れません。
朝の地震は8:00AM頃。そしてインタビューはランチタイム時に行われました。
「僅か4時間前後で通常時の感じ方が塗り替えられてしまうのが人間の感覚なのだなぁ。」
一瞬の体験で、朝までの自分とは違う考え方で家を出て、何事もなく引き続きこの世界を過ごし続ける僕たち人間の感覚。インタビューを受けながらその僕らの感覚と目の前の現実風景に内心とても驚いていました。
硬い話になりますが、その僕たちの集まりが私たちの生きる世間であり、この世界なのですから、僕らが今正しいと認識している『常識』と言ったものも、実は思ったよりいとも簡単に何か一瞬の小さな提示の体験によって“明日には180度違うモノ”に変えられてしまうのかも知れません。それは往々にして、『時代』という言葉で、まるで床の上の髪の毛をほうきでサッサと払う様に何の疑問も起こる事なくみんなの間でやり過ごされてしまいます。…冷静に考えると、ちょっとヘンテコな現象ですよね。(『時代』とは便利な言葉ですね。)
と、まぁ何はともあれ、結局の所、地震や自然災害には普段から気をつけましょうと言う事です。今たまたまこの文章を目にしている皆さん、万が一の時パッと持ち出せるご自身の貴重品の場所や、水などの備蓄品が自宅にあるか、心の中でちょっと確認してみて下さい。
何か気づく点があったら、これを読み終わる際に是非一緒にお手元のお茶を置いて、腰を上げましょう。
ふくち ゆうすけ
1984年足利市生まれ。俳優。
20代を東京、欧米で過ごした後、独学で中国語を修得。現在台湾、シンガポール、中国、日本を拠点に活動、その各国に主演作品を有している。近年、自身の水彩画やエッセイなどの創作が注目を集め、書籍出版や連載、講演等の依頼へも積極的に参加している。
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