黒いカントリー
“ビヨンセの新作が意表をつくカントリーですごい”という報道から2ヶ月。それでもこの話題に便乗する価値があるのか。考えあぐねるまでもなく、あるあるなので取りあげる。
その新作には『Cowboy Carter』というい文字が躍る。R&Bシンガーが取り組んだカントリーということから各方面でてんやわんやになった。
しかし論法がパターン化していて、概してこんなかんじだろうか。ヒューストン生まれのビヨンセは母親がルイジアナ・クレオールで、幼少時からカントリーを聴き、家族でロデオに参加するなど南部文化に親しんできた。また、カントリーの花形楽器バンジョーはそもそも黒人移民が発明したもの。よって新作を取り巻く事象は理にかなう、と。
だが、なにかが欠けている。そう口にすることすらはばかれるのか、大事な一枚が紹介されていない。
ベース奏者のバッド・バスコムが1973年に発表していた『Black Grass Music』。“黒人版ブルーグラス”とはわかりやすい。ブルーグラスはカントリーにアイリッシュ系の伝承音楽が混ざったもの。厳密には兄弟関係だが、語呂合わせを優先しただけだろう、“Black Country”だと野暮ったいし。クールにしなければならないのは、カントリーを取り入れたファンクだからである。
ならば、軸足がカントリーのビヨンセとは対極にあるのかといえば、そうともいえない。黒人初のカントリーチャート首位となった先行シングル「Texas Hold’em」には、R&Bテイストがほのかに漂う四つ打ちが敷かれるが、これにはバスコムの表題曲「Black Grass」との近似値がみられる。
「Black Grass」はそもそもブレイクビーツの古典で、これまでサンプリングされた曲は数知れず。ビヨンセ&ジェイ・Z夫妻の諸作にこそ見当たらないが、近年ならタイラー・ザ・クリエイターが使用したり、わたしの世代だとジャングル・ブラザーズなどで知られている。さらに古いところではディスコ・フォーのその名も「Country Rap And Rock」なんてものまで。ENJOYレーベルらしいカバーラップ系だが、ここまでやるとキワモノ感は否めない。裏を返せば『Cowboy Carter』はそれだけメッセージ性に富み、政治的言動が増加傾向にあるビヨンセの最新の“声”といえるわけだが。
本来カントリー愛好家はクリティカルな姿勢を作品にもとめたりはしなかった。星条旗を象徴する音楽、保守や愛国といった属性があるからだが、近年それが対立や分断に“利用”されることが多い。ビヨンセも一部のカントリー専門ラジオからボイコットされている。彼女はそれでも誇るべきルーツに身を置き、すなわち内側から真の愛国心とはなにかと問いただす。
たとえば曲名“Texas Hold’em”とはポーカーの一種だが、冒頭から「〽︎そんなのテキサス流じゃない」と挑発すれば、若者に右往左往させられ肩をすくめる描写があるなど、もはやそういうのが時代遅れだと諭す。“カード”にかけ反トランプの意思表示とも読めるが(あまり指摘されないが)、右に左にと裏で糸を引く者には気をつけなさいということだろう。ポーカーフェイスな彼らの“黒さ”さえまやかしでしかない。
BEYONCÉ
『Cowboy Carter』
(Parkwood Entertainment)
伏線となった「Daddy Lessons」(2016年)をCMAにてザ・チックスと共演。アルバム8枚めで全カントリーに挑む。御大ウィリー・ネルソン、元祖テイラー・スウィフトとも呼べるドリー・パートンが参加。そのドリー作「Jolene」を自己流にカバー。『Black Grass Music』について。“やさぐれトランペッター”ことポール・バスコムを父にもつベーシストの数少ないソロ。編曲はジャズファンク系のホレス・オット。