〜 僕らの人生の『距離』の秘密 〜
「どこの席が一番観やすいかな?」
ちょっと、映画館へ行った時のことを思い出してみて下さい。
チケットを買い、提示された映画館内の座席表を見ながら席を選ぶ。自分にとって、スクリーンが一番よく見えやすい席が空いていたら少し得した気持ちになりますよね。
僕は今年に入り、約1年をかけて台湾の主要都市を巡る舞台作品に参加しています。約一ヶ月に一回、台北を離れて別の都市の劇場へ公演しに行くといった感じです。先月も、第3都市目の公演の為に、台湾で台北市の次に大きい都市(日本でいうところの大阪の様な規模的位置づけでしょうか)である、南部の高雄市へ行ってきました。
僕は毎回劇場入りする際、本番に向けた様々な工程で忙しくなる前に、時間を見つけて観客席に降りて行き、最前列から一番後ろの席まで自分で実際に座って体感してみるという習慣を大事にしています。それぞれ劇場によってステージに対して結構観客席から見える角度が急であったり、舞台袖がかなり奥まで見えてしまったりと特徴は様々です。(その場合、本番でのスタンバイ位置を気をつけたり。)そして先月の高雄公演だったわけなのですが、この劇場は他の所と違ってステージからの奥行きがかなり深く、観客席が3階まである劇場なんです。
公演前、いつも通りステージから降りて行って最上階一番奥の3階最後尾まで行って一番右端の席に腰を下ろしてみる。
驚くほど、目線の先にあるステージは遠く、眼で捉える舞台セットもとてもコンパクトに見え、更に小さい僕ら役者がそこに立ったらその倍以上小さく見える様な印象を受けました。しかしながら、僕たちステージ上で演じる側にとって、どの席に座っているからという区別はありません。チケットを買って来てくれた観客の一人一人に、何かを持って帰って劇場の席を後にしてほしい、そう思っています。ただ、今回この高雄の劇場の最後尾からひとり静かにステージを眺めていると、ふと、普段とは違う感情が湧き上がってきました。
「あれこれと、演じる側が思うことは沢山ある。あるけれども、作品を面白いと思ってもらえたら、お客さん側からしても『どの席で観た』というのはあまり関係がないのかも知れないなぁ。」
最後尾から眺めるステージはとても小さく遠く見えていました。しかしながら、僕がは「それでもそのステージは確実に自分が座っているこの席と同じ空間に存在しており、この劇場で、この席で目の前で公演された作品はその場にいる事実の中にいた人のみにしか経験できない事なんだなぁ。」そう考えると、その劇場内において“演じる側”も、“観る側”等の立場の垣根は特にない様な感覚に包まれました。「確実にお互いの人生において同じ空間、同じ時間に、同じ瞬間を経験した。生の公演に『足を運ぶ』、『演じる』という事は、実はこれほど意味のある事なのかも知れない。」
最後の最後で気難しい感想が飛び出しました(毎回すみません)。ですが、ステージ以外のところで、こう言った「格言」めいた考えにパッと触れることが多々あるのです。
演じる側としてステージ上で何かを学ぶのはもちろんなのですが、個人的にはステージやカメラの前以外のところで気づく事の方が「ワタシ」自身に影響を与えてくれている気がします。
リモートで繋がるより親しい相手とは直接会って会話を話した方が嬉しい様に、「その場に実際に行く」ことを「実体験」する魅力は自分の人生を“立体的”に膨らませてくれるのかも知れません。
映画、舞台に限らず、日常生活で「あ。これ。」と少しでも感じたものには、焼きそば屋でも近くの神社でも是非実際に足を運んでみて下さいね。
ふくち ゆうすけ
1984年足利市生まれ。俳優。
20代を東京、欧米で過ごした後、独学で中国語を修得。現在台湾、シンガポール、中国、日本を拠点に活動、その各国に主演作品を有している。近年、自身の水彩画やエッセイなどの創作が注目を集め、書籍出版や連載、講演等の依頼へも積極的に参加している。
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