四角い正義と丸い正義。
「何でそんな基本的な事ができてないんだよ!」
山の岩肌を駆け上がっていくシーンを撮影していた現場で、それまで黙って演じていた僕は遂に語気を強めて言葉にしてしまった。
相手はドラマ全体のスタント担当の監督。
ケガと隣り合わせの撮影が続いていたその日、日没も近づき現場自体がピリピリとしていたまさにそのタイミングでの事だった。
小さな間違いが大きな怪我へとつながる。
メインキャストを任されて演じている現場。一つのミスからケガにより僕が一定期間離脱してしまうと、その後全体の撮影スケジュールに大きな支障が出ることになる。
僕はこれまでその責任と影響を実際に経験して来た。
危険を伴うその日の撮影の段取りの端々に漠然としたほころびを感じ、冒頭の一言に繋がってしまった。
僕の一言により、勿論現場の空気は理想とはかけ離れたものと変わった。
“致し方ないが、自分が言わないと後の大きな支障に繋がる可能性が大いにある。”
僕はそうした態度を変える事なく残りのスタントシーンをこなした。
宿泊先のホテルに帰る途中も、僕はずっとイライラしていた。
その後一時的に台湾に戻り別の現場にのぞみ、そして再度このドラマの現場へ戻る事になるのだが、その間の期間も、心のどこかにずっと直接声を上げてしまったその日のイメージが寄せては返していた。
「ちゃんとスタント監督に謝ろう。」
僕は心の中で何度もその日の行いを反芻した後、現場へ戻る飛行機の中でそう決めた。
その結果、だ。
そのスタント監督は僕の謝罪を受け入れてくれるのみならず、僕が何度も頭の中で想像していた反応のそれとはどれとも違う大らかな態度で、これからも共に危険なシーンを撮影していく1人の俳優として握手の手を差し伸べて来てくれた。
その場では、僕は謝罪の気持ちをしっかり伝えるのに頭がいっぱいだったが、僕の内心はその差し伸べられた手に触れた瞬間、泣きそうになった。
前にバナナマンの設楽さんが何かで言っていた。
「人は“丸くなる”と言うけれど、それは自分に何か起こった際、その時点の自分が対処法を知らない事で感情的になってしまう。それが年齢と経験を積み重ねていく事で自ずとより正しい対処の仕方を学んでいく事で、それが結果的に周りから見ると“丸くなった”と言われるんだ。」
僕はこの一件を経た事で、責任が伴う立場であるからこその、現場でより正しい解決に向けて振る舞うことを心に決めた。
今の時点ではその人の隣でサポートしてくれたスタントマンの方にまだ謝れていない。
機会を見つけてちゃんと謝ろうと思う。
最後に、この一連に関してもう一つずっと気になって仕方ない事がある。
それは、そのスタント監督が顔から体型からケンドーコバヤシさんにそっくりなのだ。
わだかまりが去った今、このエピソードは後々ケンコバさんのイメージと共に思い出されることになるだろう。
ふくち ゆうすけ
1984年足利市生まれ。俳優。
20代を東京、欧米で過ごした後、独学で中国語を修得。現在台湾、シンガポール、中国、日本を拠点に活動、その各国に主演作品を有している。近年、自身の水彩画やエッセイなどの創作が注目を集め、書籍出版や連載、講演等の依頼へも積極的に参加している。
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