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火鉢
私の本棚にとても大切にしている「わが家の夕めし」という文庫本がある。この本はアサヒグラフ誌で昭和42年から20年間連載されていた写真付きコラムをまとめたもので、著名人の夕餉の風景を紹介している。映画俳優、作家、哲学者、落語家、大学教授、政治家、建築家などがプライベートを曝け出し、いつものように、いつもの人と、いつもの物を食べている様子が興味深い。
連載開始から半世紀以上が経ち、日本の暮らしが激変したのも読み取れる。まず現代とは食卓を囲む家族の人数が異なる。連載も進んでくると一人でカップ麺を啜る方も登場するが、大方は親、子供、孫とワイワイ大人数。そして着物をお召しになられている方もいて、和室でちゃぶ台率も高い。
食卓近くにはコンロはもちろん囲炉裏や火鉢など「火」もチラホラ登場するが、歌舞伎役者の市川寿海の食卓風景を見て思いついた。我が家の火鉢でも餅を焼いたりするが、食事時にもっと活用できるのではないかと。流石に灰に油が落ちるのは嫌なので肉は焼かないが、鍋をぐつぐつするのには良さそう。
もう80代であろう着物姿の市川寿海が炬燵で食事をしていて、隣に置かれた長火鉢の上には小さな土鍋がのせられている。鯛と海老の入ったその寄せ鍋を調理しているのが、これまた着物姿の姪御さん。奥ゆかしさも感じるこの風景にはすごく惹かれるものがある。たった半世紀前に撮影された写真である。
塩見 奈々江
しおみ ななえ/1983年東京都渋谷区生まれ。幼児期をイタリア、イギリスで過ごし大学進学でフィレンツェに渡り10年間暮らす。 現在は足利市の里山と東京の2拠点で暮らしながら、展示会やネットなどでヨーロッパの古道具を扱うBAGATTOを営む。
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