テレビ・スターの喜劇
1979年に発表されて以来、バグルス(英)の「ラジオ・スターの悲劇(Video Killed The Radio Star)」は定期的に話題になる洋楽として知られてきた。チープなエレポップはあまり好みではないが、メランコリーを湛えた歌詞とのコントラストが興致であるのはわかる。洋楽というより感覚的には邦楽、日本人受けしそうといえばそうかもしれない。
ビデオ(テレビ)の登場で役目を終えたラジオの哀歓物語。“定期的に話題”と述べたのも、“新旧交代”を中心構造に、時代々々の文明の利器に置き換え本歌取りされてきたからである。
リリースされた1980年前後はビデオがニューメディアとして輝いていた。MTV(1981年開局)を予言する曲となったが、そのMTVで最初に流れたのがこの「ラジオ・スターの悲劇」だったらしい。ビデオもやがてDVDにその座を奪われ、しかしDVDも“悲劇”のヒロインになりつつある。
MOFAKETTEというドイツのパンク・バンドが「Youtube Killed The TV-Star」を発表したのが2020年。動機は不明だが、日本のバンドはいまこそ好機とみてカバーすべきだろう。この二、三ヶ月、テレビはYouTubeに敗北宣言したような“喜劇”を演じている。
兵庫県知事の失職をめぐる偏向報道が惨い。スピン報道とも一部で見透かされているように、より深刻なニュースー三菱UFJ行員の貸金庫横領、外相のIR収賄疑惑などーをスルーするとはどういうことか。
いわゆるオールドメディアでは、そのような疑いの目を鍛えるには限界があった。ネットはデマが多い、という彼らのお決まりの言い分も犬の遠吠えにしか聞こえない。さまざまな意見がある環境から信に足る情報を取捨選択する。わたしたちのリテラシーは日々高まっていることに気づくべきではないか。そもそもテレビやネットは一媒体であるとともに道具にすぎない。今回の出直し選挙(前知事再選)が歴史的であるとの認識をもつひとは、民の声を信じていたのだろう。
それだけに、民主主義の理念唱和が仕事だったはずのリベラルの大半が今回、体制側に寝返ったのが謎だった。分断どころではない、社会は細断されたのか。SNSを歓迎してきた彼らがSNSを使ってSNSの乱用に警鐘を鳴らす。参議院本会議ではSNSと公選法についての質疑がそれらしく交わされ、オールドメディアもそれらしく報じた。
だが、社会のノイズを安易に封じたところで、新たなノイズを生むだけだろう。
「ラジオ・スターの悲劇」はJ.G.バラードの短編『音響清掃』(1960年)に影響されたという。主人公は特殊な掃除機で世界中の音を吸引することを仕事にしている。あるとき下水道に逼塞するオペラ歌手と出合い、彼女の復活請負人となって奔走する。話のポイントは主人公が声帯を失っていること。彼女の復帰が近づくにつれ声は回復するが、これまでの反動から饒舌になり、最後はまた声を失う。周囲の音を排除し“おおきな声”に心酔したところで、彼はその感動をことばにできなかった。
「ラジオ・スターの悲劇」の4年後(1983年)、中心メンバーのトレヴァー・ホーンは新たなプロジェクトを立ち上げる。名前はART OF NOISE。
THE BUGGLES
「Video Killed The Radio Star」
(Island Records)
メンバーのブルース・ウーリーの別体THE CAMERA CLUBが同年先に発表したが、後発のバグルスがデビュー曲にして全英首位に輝く。MOFAKETTE(原付チェーンの意)はシュトゥットガルトの3人組。2006年『Astronautensex』でデビュー。オールドロックや90年代パンクから影響されているように、「Youtube Killed The TV-Star」はメロコア風。5枚め『Ét Voilà, La Réalité』に収録。
プロフィール
わかすぎ みのる:足利出身の文筆家。 CD、DVD企画も手がける。 RADIO-i (愛知国際放送)、 Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。 著書に『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』 『裏ブルーノート』 『裏口音学』 『ダンスの時代』 『Jダンス』など。ご意見メールはwakasugiminoru@hotmail.com